名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)1009号 判決 1988年10月28日
原告
山口洋士男
ほか一名
被告
吉田修次
ほか四名
主文
一 被告吉田修次、同吉田修及び同吉田智絵は、各自、原告山口洋士男に対し金一五三万四九一九円、原告山口友江に対し金一五三万四九一九円、及び右各金員に対する昭和六一年五月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告吉田修次、同吉田修及び同吉田智絵に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 原告らの被告山田宏一に対する請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告らと被告吉田修次、同吉田修及び同吉田智絵との間においては、原告らに生じた費用の二分の一を右被告らの負担とし、その余を各自の負担とし、原告らと被告山田宏一との間においては、全部原告らの負担とする。
五 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告山口洋士男に対し金九七八万四二九〇円、原告山口友江に対し金九七八万四二九〇円、及び右各金員に対する昭和六一年五月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
昭和六一年五月二二日午前零時四〇分ころ、被告吉田修次(以下「被告修次」という。)は、自動二輪車(名古屋も九〇二六号、以下「本件二輪車」という。)を運転し、後部座席に山口弘美(以下「弘美」という。)を同乗させ、名古屋市港区宝神町葭野七五七番地先の信号機の設置されている交差点を進行中、内山康弘の運転する普通乗用自動車(名古屋七七は五二四三号)に衝突した(以下「本件事故」という。)
本件事故により、弘美は、脳挫傷の傷害を負い、同日午後一時三四分、名古屋市中川区所在の名古屋掖済会病院において死亡した。
2 責任原因
(一) 本件事故は、被告修次が赤信号を無視して交差点を渡ろうとした過失により発生したものであるから、被告修次は、民法七〇九条により、損害を賠償する責任がある。
(二) 被告吉田修(以下「被告修」という。)及び同吉田智絵(以下「被告智絵」という。)は、被告修次の両親であり、親権者として被告修次を監督する義務を有するところ、同人が無免許であることを知つて放置していたものであり、本件事故は右義務違反に基づくものであるから、民法七〇九条により、損害を賠償する責任がある。
(三) 被告山田宏一(以下「被告山田」という。)は、本件二輪者の所有者であり、被告修次が無免許であることを知りながら同人に同車を貸与していたものであるから、本件二輪車の運行供用者として自賠法三条により、損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 弘美の逸失利益 金二五四九万円
(1) 弘美は、死亡当時一七歳の健康な女子であり、本件事故により死亡することなく成長すれば、満一八歳から六七歳に達するまでは就労可能であると推認される。
そしてその間、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者の一八歳ないし一九歳の平均年収額(金一五三万三八〇〇円)を基礎とし、右就労期間を通じて控除すべき生活費を三割とし、新ホフマン式係数(二三・七四九六)を用いて弘美の死亡による逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり金二五四九万円(一万円未満切捨)となる。
1,533,800×(1-0.3)×23.7496=25,498,995
(2) 原告らは、弘美の両親であり、それぞれ右金額の二分の一である金一二七四万五〇〇〇円ずつの損害賠償債権を相続した。
(二) 治療費 金三四万二〇〇〇円
原告らは、弘美の死亡に至るまでの治療費として金三四万二〇〇〇円を支出し、それぞれ金一七万一〇〇〇円の損害を被つた。
(三) 葬祭費 金二〇八万〇四八〇円
原告らは、弘美の葬祭費として金二〇八万〇四八〇円を支出し、それぞれ金一〇四万〇二四〇円の損害を被つた。
(四) 慰謝料 金一七〇〇万円
弘美は事故当時一七歳であり、原告らは、その一人娘の将来をいよいよこれからと楽しみにしていたものであり、原告らの精神的苦痛を慰謝するには、それぞれ金八五〇万円の慰謝料が相当である。
4 損害のてん補 各金一二六七万一九五〇円
原告らは、自動車損害賠償責任保険より、各金一二六七万一九五〇円を受領した。
よつて、原告らは、被告修次、同修及び同智絵に対し、民法七〇九条に基づき、また、同山田に対し、自賠法三条に基づき、各金九七八万四二九〇円及び右各金員に対する事故の日である昭和六一年五月二二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告修次、同修及び同智絵
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2(一)の事実は認める。
(三) 同2(二)の事実のうち、被告修及び同智絵が被告修次の両親であり、親権者であることは認め、その余は否認する。
(四) 同3の事実のうち、弘美が死亡当時一七歳の健康な女子であつたことは認め、その余は不知。
(五) 同4の事実は認める。
2 被告山田
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2(一)の事実は認める。
(三) 同2(三)の事実は否認する。
本件二輪車は、被告山田が昭和五八年六月ころから保有していたが、同六〇年八月ころ、被告山田の弟雄三に無償で譲渡し、さらに同人が同六一年三月ころ、被告修次に売却したものであり、被告山田は、本件事故当時本件二輪車を保有していなかつた。
(四) 同3の事実は不知。
(五) 同4の事実は認める。
三 抗弁(被告吉田三名)
被告修次は、弘美の自宅への送り迎え、買い物、遊びに本件二輪車の後部座席に弘美を乗せてこれを使用していたものであるが、本件事故当日も近くのスーパーに買い物に行つた際、本件二輪車に弘美を乗せて、いわゆる暴走族に追従しているうちにはぐれて、パトカーに追われて本件事故を起こしてしまつたものであり、この事情を本件損害額に算定するにあたつては斟酌すべきである。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生
請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 責任原因
1 被告修次
請求原因2(一)の事実は、当事者間に争いがないから、被告修次は、民法七〇九条により、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。
2 被告修及び同智絵
(一) 被告修及び同智絵が、被告修次の両親であり、親権者であること(したがつて、同人に対し監督義務を有すること)は、原告らと、被告修及び同智絵との間で争いがない。
(二) 成立に争いのない乙第一号証の二及び三によれば、本件事故当時被告修次は満一六歳で、配管工として勤務していた事実が認められるので、同人は本件事故当時責任能力を有していたものと認められる。
ところで、責任能力がある未成年者が惹起した交通事故につき、監督義務者である親権者の義務懈怠と事故との間に相当因果関係が認められるときは、親権者は民法七〇九条による不法行為責任を負うと解すべきである。以下、この点について判断する。
(三) 前掲乙第一号証の二及び三によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告修次は、昭和五九年冬に自動車窃盗で検挙されたが、処分は受けなかつた。その後、恐喝及び窃盗未遂で検挙され、同六〇年には少年院に入所していたことがある。
(2) 被告修次は、昭和六〇年一一月ころ、自動二輪車の無免許運転で検挙され、名古屋家庭裁判所で半月くらいの試験観察を受けた。
(3) 同年一二月ころ、同じく自動二輪車の無免許運転で検挙され、名古屋家庭裁判所で半年くらいの保護観察を受けた。
(4) 被告修次は、本件事故の一〇か月くらい前から自動二輪車の無免許運転をしており、五、六回は暴走行為に加わつたことがある。
(5) 被告修次は、本件事故当時、被告修及び同智絵と同居していた。
(四) 右の事実を総合すれば、被告修次は、非行歴も多く、また、車の運転に対する執着が強く、自動二輪車の無免許運転をくり返していたこと、被告修及び同智絵は、被告修次が自動二輪車を無免許で運転し、家庭裁判所において試験観察及び保護観察処分を受けているにもかかわらず、特にこれを阻止するために十分な監督をしなかつたこと、被告修次が無免許運転により、交通事故を惹起するかもしれないと予測しえたことが認められる。
なお、前掲乙第一号証の二及び三には、被告修次は、昭和六一年三月ころ本件二輪車を両親に内緒で買い、両親にわからないように自宅から約一〇〇メートル先の道路上に駐車していた旨の供述記載部分があるが、右認定の被告修次の非行歴、無免許運転歴に照らすと、被告修及び同智絵は、親権者としての監督義務を尽くして被告修次の行動を監視すべきであり、また、そうしていれば、本件二輪車の無免許運転行為を知りえたものというべきである。
(五) 以上を総合すれば、被告修及び同智絵が被告修次の監督を怠つたことと本件事故の発生との間に相当因果関係を認めることができるので、被告修及び同智絵は、民法七〇九条により、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。
3 被告山田
成立に争いのない乙第一号証の二、三及び被告山田本人尋問の結果によれば、本件二輪車は、かつては被告山田の所有であつたが、昭和六〇年八月か九月ころ、同人の弟雄三に無償で譲渡され、さらに、昭和六一年三月ころ、雄三から被告修次に売却されたこと、本件事故当時、被告山田は本件二輪車を使用することは全くなかつたことが認められる。
なお、被告山田本人尋問の結果によれば、本件事故当時、被告山田には、本件二輪車を購入する際に組んだローンの支払債務が一部残つていたことが認められるが、このことをもつて被告山田が本件二輪車の運行を支配し、あるいは運行の利益を得ていたものとは認め難いし、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、被告山田に対し、本件二輪車の保有者として運行供用者責任を負わせることはできない。
したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告山田に対する請求は、理由がない。
以下、原告らと被告吉田三名との関係で判断する。
三 損害
1 弘美の逸失利益
(一) 弘美が死亡当時一七歳の健康な女子であつたことは、当事者間に争いがない。
(二) 弘美が就労可能であつた年数は、満一八歳から満六七歳までの四九年間、生活費として控除すべき額は収入の五〇パーセントと考えられるから、弘美が就労を始める昭和六二年の賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、新高卒、女子労働者の一八ないし一九歳の平均年収額(一六二万三二〇〇円)を基礎とし、新ホフマン式係数(二三・七四九六)を用いて弘美の死亡による逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり金一九二七万五一七五円となる。
1,623,200×(1-0.5)×23.7496=19,275,175
(三) 原告山口洋士男本人尋問の結果によれば、原告らが弘美の両親であり、弘美の相続人であると認められるから、原告らは、それぞれ右弘美の逸失利益の二分の一である金九六三万七五八七円の損害賠償債権を相続取得したものと認められる。
2 治療費
原本の存在並びに成立に争いのない甲第三号証によれば、原告らは弘美の死亡に至るまでの治療費として金三四万二〇〇〇円を支出したことが認められ、原告らは、それぞれその二分の一である金一七万一〇〇〇円の損害を被つたものと認められる。
3 葬祭費
原告山口洋士男本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四ないし第一四号証によれば、原告らは、弘美の葬祭費として、計金二〇八万〇四八〇円を支出したことが認められるところ、弘美の年齢、社会的地位、身分関係その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる葬祭費の額は、金九〇万円とするのが相当である。
したがつて、原告らは、それぞれその二分の一である金四五万円の損害を被つたものと認められる。
4 慰謝料
本件事故態様、弘美の年齢その他本件にあらわれた諸般の事情に照らし、原告らが弘美の両親として、同人の事故死により被つた精神的苦痛を慰謝すべき金額は、それぞれ金七五〇万円が相当である。
5 以上を合計すると、原告らの損害額は、それぞれ金一七七五万八五八七円となる。
四 損害のてん補
請求原因4(原告ら各金一二六七万一九五〇円のてん補)の事実は、当事者間に争いがない。
五 減額
前掲乙第一号証の二及び三によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
1 弘美は、被告修次のいわゆる彼女であり、本件事故以前にも、修次の運転する本件二輪車の後部座席に同乗したことがあつた。
2 被告修次は、本件事故前日である昭和六一年五月二一日午後一時半ころ、本件二輪車を運転して弘美方を訪れたところ、原告らは働きに出て留守であり、弘美としばらく話した後、午後三時ころ弘美を本件二輪車の後部座席に乗せて出発し、被告修次方に到着したが、同人は疲労のため午後一〇時半ころまで睡眠をとり、その間弘美はテレビを見たりして被告修次の部屋で過していた。
3 同日午後一一時一〇分ころ、被告修次は、弘美を後部座席に乗せて本件二輪車を運転し、二人ともヘルメットを着用しないまま深夜ストアに出かけた。
4 右ストアで買い物をしようとしたところ、暴走族の暴走音が聞こえたため、被告修次が弘美に、「暴走しているから行こうか。」と言つた。
5 弘美は、右被告修次の誘いに対し、明確な返事はしなかつたが、顔を隠すために被告修次が買つたタオルを自己の首に巻いて、本件二輪車に同乗した。
6 被告修次は、前同日午後一一時四〇分ころ、弘美が同乗する本件二輪車を運転し、名古屋市南区内、港区内で集団の最後尾について暴走に参加したが、途中からパトカーに追跡され、これを振り切ろうと最高時速約一四〇キロメートルの速度で逃走し、本件事故の現場交差点に差しかかり、やや速度を落としたものの、赤信号を無視して進入したところ、本件事故が発生した。
7 以上の事実を総合すれば、弘美は、被告修次と親しい関係にあり、本件事故当夜もヘルメツトを着用しないで暴走行為を共にしていたうえ、パトカーの追跡を受けていたのであるから、被告修次に運転の中止を指示し、危険な運転による事故の発生を回避すべき立場にあつたといえるのに、何らこれらの指示をなすこともないまま、被告修次の危険な運転にまかせたため、本件事故にあつて被害を受けたものと推認することができるので、原告らの損害の算定にあたつては、その二割を過失相殺の法理により減額するのが相当と認められる。
8 よつて、原告らは、被告修次、同修及び同智絵に対し、それぞれ前記金一七七五万八五八七円の損害額から二割を減じた金一四二〇万六八六九円の損害賠償債権を有するところ、原告らはそれぞれ前記金一二六七万一九五〇円を自動車損害賠償責任保険金として受領しているのでこれを控除すると、結局、原告らは、各金一五三万四九一九円の損害賠償債権を有することとなる。
六 以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告修次、同修及び同智絵各自に対し、各原告が右金一五三万四九一九円及びこれに対する事故の日である昭和六一年五月二二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、右被告三名に対するその余の請求及び被告山田に対する請求は、理由がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 芝田俊文)